【第一夜】蠢動と胎動

 

  

 

クラス屈指の美青年が学校に来なくなったのは…いつからだったろう。

初めのうちは不服そうにしていた女生徒達も、

今では平穏な日常を楽しんでいるように見える。

変わった事といえば、誰もいない机が1つ増えたことくらいだ。

 

「シゴトだ、キヨネ。」

 

ちりん、と音を立て窓際に現れた白狐の言葉に、"キヨネ"と呼ばれた青年は軽く(うなず)いた。

 

 

  ◇◇◇

 

 

…夜、ベッドに横たわる。

目を(つむ)る、息を吸う。

 

「もうねむい…耐えきれない。」

「今日こそは、"あの夢"を見ないといいんだけどなぁ…。」

 

目元に泣きぼくろのある(うるわ)しい青年は、

その美しさが嘘のようにやつれた顔で眠りについた。

ふかく、深く。

(もぐ)っていくような感覚にその身を任せながら───……

 

 

 

「やっぱり、こうなるよなぁ…。」

 

白い空間、眼下(がんか)に広がる肌色の海 

うねりをあげてこちらへ向かってくる波。

しかしそれらは水ではなく、人の手足で出来ている。

 

「何度見ても慣れないよ、こんな景色。」

 

絶望に似た表情をしたまま、せまい足場で(うずくま)る。

その青年を、不意に壁から出てきた手が突き落とした。

 

 

  ◇◇◇

 

 

「キヨネ、今日のはやっかいだぞ。」

「ああ、なんとなくそんな気はしてた。(というか、やっかいじゃない日なんてねえだろうがよ…)」

「まぁ、まぁ。今日のは割と生々しいっていうか…ナマだ。」

「ナマぁ?なんだよそれ…。」

 

いつだって意味深な狐の言葉は置いておいて、キヨネは深く息を吸った。

ベッドに横になり、枕元に刀を置く。

 

「それじゃ、始めるぞ。」

「ああ。」

 

常世(とこよ)(めい)()の境界線、記憶の終着駅(ごみばこ)

───夢枕に刀を(たずさ)え、参る。

 

 

詠唱が終わると、スゥ…と眼前の(きり)が晴れた。

現れたのは、何もない白い空間に…印象的な深い青色。

(きら)びやかな意匠の施してある、大扉だ。

 

「なんていうか…高級?って感じだな、今日の扉は。」

「ニンゲンがよく言う、"ロイヤル"ってやつか?」

「ああ、うん。多分…そんな感じ。」

 

キヨネは狐とのムダ話を早々に切り上げ、扉の向こうに声をかける。

 

「おーい、誰かいるかー?ここをあけてくれないかー!…」

 

 

(しばら)くの無音のあと、とても弱々しい声が彼の頭に響いた。

 

 

 

「誰か……すけて、助けてくれ…」

 

ギィ…と扉のひらく音がこだまする。

完全に開ききるのを待たずに、反射神経で飛び込む。

 

「…っ」

 

その奥に待っていたのは、海だった 

海のような、波打つように(うごめ)く手と足。

どこからともなく生え、意思があるのか無いのかもわからない。

 

「これは…」

 

一瞬狼狽(うろた)えた(すき)、無数の手に足首を(つか)まれた。

引きずり込まれる…!

 

「くそっ!離せ、この!」

 

無数の手は、容赦なくキヨネを引っ張る。

そうだ、あの声の主は無事なのか?

 

 

「おい!助けに来たぞ、夢の主!どこにいるんだ!!返事しろ!!」

 

 

何も聞こえない、遅かったか。

 

……いや、まだだ。

 

 

 

刀を腰に持ち、(つば)に親指を()てる。 

無数の手は一瞬ひるむが、掴んだ手を離そうとはしない。

 

 

「これが本当の"引く手数多(あまた)"ってやつか…!」

 

 

渾身(こんしん)の冗談を放つも、正直洒落(しゃれ)にならない状況だ。

すると、(さや)に結んである鈴が今だと言わんばかりに鳴る。

 

チリン…

 

 

…息をひとつ、吐いた。

 

 

抜刀、そして一振り。

キヨネに(まと)わり付いていた手が吹き飛ぶ。

 

 

「キリが無いけど、これで斬っていくしかなさそうだな。」

「刀をぞんざいに扱うなよ、キヨネ~」

 

肩に乗った狐が弱々しく(うめ)く。

彼の持つ刀は、悪霊を振り祓うためのもの。

神使に貸し与えられた霊刀だ。

 

「それくらいわかってる。」

 

その言葉とは裏腹に容赦なくバシバシと振り回せば、

海のように蠢いていた手足は(ちり)と化す。

 

 

「(これ、全部悪霊みたいなもの…ってことか。)」

 

見渡す限りの肌色。 

助けを()うた人間はどこにいるのか、注意深く捜索する。

すると、一部だけ手足が重なり合っている場所を見付けた。

 

「そこに、いるんだな。」

 

阻もうとする手足を容赦なく斬りおとし、キヨネは進んだ。

 

 

「おい、聞こえるか。」

 

──………

 

声が聞こえる。 

ここは僕の夢の中だ。

このところ眠る度、いつも一人でこの気色悪い空間にいた。

毎度決まって突き落とされて、引きずり込まれる。

もう何度繰り返したことだろう。

人の手足ばかり見て、人がだんだん怖くなった。

いつも笑顔で近寄ってくる同級生(おんなのこ)たちのスキンシップも、

今はおそろしくてたまらない。

 

部屋に引きこもれば、人間に出会うことはない。

だから、あの手足も見ることはないと思っていた。

でも、毎晩同じことの繰り返し。

夢を見なければ或いは、などとも思ったが、不眠不休など僕には到底出来っこなかった。

 

だから、今日もきっと……このままだと思っていた。

 

───

  

 

「聞こえるなら返事しろ、早く!」

 

「…!は、はい!ここ!ここにいる!!助けて、助けてください!」

  

水を得た魚のように、希望を取り戻した声がする。

 

 

 下手(へた)に動くなよ、今お前を引っ張り上げるから。」

 

キヨネが、夢の主に絡みついた手と足を上から1つひとつ振り払うと、

 (うずくま)ったままこちらを見つめる一人の青年と目が合う。

 

 

 

(つか)め!」

 

 

「………!」

 

 

 

…差し出された""に一瞬動揺をしてしまったけれど、覚悟を決めてしっかりと掴む。

 そうだ、突き落とす手や、引きずり込む手…絡みついて離そうとしない手、だけじゃないんだ。

 この世界には───。

 

 

「今だキヨネ、祝詞(のりと)を唱えろ!」

「は!?今!?…了解…!」

 

キヨネは夢の主である青年を引っ張り上げ、そのまま祝詞を詠み始めた。

 

 

  

「尊き宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)()豊穣(ほうじょう)の力を(もっ)てこの者の(けが)れ、(はら)(たま)い、清め給え…!」

 

 

 

狐が雄叫びを上げ、霊剣が輝きを放つ。

 

「…清らかなる眠りよ、来たれ。」

 

 

 

キヨネが祝詞を唱え終わると、霊刀から発せられた衝撃波が辺り一面にあった手足を塵と化す。

そして白い世界にはキヨネと狐、

小さな鈴を手に持った麗しい青年だけが残った。

 

 

「…ありがとう、まだよくわからないけど、僕を助けてくれて。」

 

やつれた顔の青年が、ひどく安心したというような苦笑いをした。

その目元には、泣きぼくろがある。

 

「…いいんだよ礼なんて。どちらにせよこの世界では、夢の主が悪夢を振り払う必要がある。

 "祝詞が唱えられた"ってことは、お前自身、()ん切りが付いたって事だろ。」

「……?」

  

キヨネと呼ばれた男が、きょとんとする青年の手元を指さす。

 

「それに、俺達の本当の目的は、"それ"だ。」

 

青年が不思議そうに手元を見やると、身に覚えのない鈴があった。

 

「これ……何?」

「この刀で悪夢を祓うと生まれる鈴だ。それが俺達には必要なんだ、くれるか?」

「…うん、夢の中でどう恩を返そうか考えてたところだったから…ちょうどいいや。」

 

「なら、ありがたく頂戴(ちょうだい)するよ。」

  

鈴がちりん…と音を立てたかと思うと、

間をおかずに狐がひらりとやってきてぱくっと呑み込んでしまった。

 

「まぁまぁうまいぞ、これ。」

 

「えっ食べるの!?」

「こいつはそういう奴なんだ、気にしないでくれ…」

  

変なの、と無邪気に笑う青年にキヨネは改めて声をかける。

 

「お前の悪夢は、お前が乗り越えた。」

「…だからもうあの夢を見ることは無い、安心しろ。今日からはゆっくり眠れるはずだ。」

 

「そっかぁ…!それはいいね。」

 

「じゃあもう用も済んだし、俺達はここでお別れだ。」

  

安心した表情の青年に別れを告げると、狐の口から出た火の玉がキヨネ達を囲む。

 

「ありがとう、…またどこかで!」

「…ああ。」

 

狐火(きつねび)の勢いは強くなり、気付けば夢の世界も…彼らも消えていた。

 

 

「差し伸べる手、か」

 

青年がうわごとのように唱えた言葉を、

朝を迎えた部屋が優しい光で包み込んだ。

 

 

  ◇◇◇

 

 

「ふわぁあ…」

 

気だるげな青年が教室で大あくびをしていると、

遠くから何やら黄色い声がきこえてくる。

 

「きゃあー!白塚(しらつか)くん、久しぶりー!」

「風邪はもう大丈夫なの!?」

「ふふ。大丈夫だよ、ありがとう皆。」

 

泣きぼくろが印象的な美青年がにこりと笑うと、廊下がバラ色にざわめき立つ。

 

 

「……」

「なんだ、うらやましいのか?キヨネ。」

「そんなんじゃねえよ…。」

 

窓辺に向かってぶつくさと呟く気だるげな青年…清音(キヨネ)の背後に、

いつのまにか人影があった。

 

 

「やあ、いい朝だね。」

 

少なくともここでは、話しかけられたことのない声だ。

 

「……本当にな。」

 

清音がおそるおそる振り向き、引きつった苦笑いをかけてやると…

 

 

その青年は、とても満足そうに微笑(ほほえ)んだ。

 

 

 

 

《第一夜 明》

 

 

 

 

 


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■第一夜 あとがき

当エピソードは1年ほど前に完成していた本文を、文章診断的なやつに通しまくってめっちゃ直したやつです!が、相変わらず文体はカッチカチだと言われてしまっているorz

続きは全く考えてないわけではないですが、昨年のゴタゴタやそもそも自分自身に自信が持てていないことなどから未着手という状態です。計画性皆無なので、作り貯めたりするの苦手なんだ…(泣)

そのため、まことに身勝手ながら、ご感想などからパワーを頂いて続編制作に充てるつもりでおります。

ぜひ何卒よろしくお願いします………!

 

蠢動と胎動…前者である蠢動(しゅんどう)は今回の悪夢であるうごめく手足の事ですね。

後者である胎動(たいどう)は、芽吹きなども意味するそうで

そのような意味で使わせて頂いております。何かが始まる切っ掛けというか。何が芽生えたんでしょうね?(すっとぼけ)

 

ちなみにタイトルは今テキトーにつけました。こわい。

 

実はそもそも「夢厭の祓い屋」ってタイトルもすごい悩んでテキトーにつけました。こわい。

どちらも後々変わる可能性があります。というかこのタイトルのおかげで某有名漫画の敵キャラの名前でググるとこのページが出てきてしまう(漢字の順番が違うのにグーグルくんが出してしまう)らしくて…某有名漫画を描かれている某先生ごめんなさいという気持ちでいっぱい。

 

それと今回は挿絵なしなのですが、後々つく可能性はあります。

というかこれからもし更新していったとしても多分

本文→挿絵という風に更新していくと思われます。多分。

この辺は読み返した時に面白いポイントみたいな感じでご容赦くだされば幸いです。

 

とりあえず、

続くといいな!!!!!!!!!!!!   2021/05/09 仁木弥ヱヌ